3行でいうと

  • 赤ちゃんは白紙ではなく、生まれつきの知識の骨格をもっている。
  • 学習は注意・能動的な関与・誤差フィードバック・固定化の4本柱で支えられる。
  • 間違いは罰するものではなく、学びを進める情報源として活かす。
  • 人の脳は少ない事例で学び、深層学習は大量のデータを要する。

向いている人

教育や学習に関心のある教師・保護者・学習者、人工知能と人の脳の違いを知りたい人に向きます。少し神経科学や機械学習の前提があると読みやすいでしょう。

読む意味

学び方を経験則ではなく、脳の原理から見直せます。人の学習とAIの学習を並べることで、双方の特徴が浮かび上がります。

読むときの注意

教育政策への直接の提言部分はフランスの教育制度を背景にした記述が多く、他国の現場への当てはめには留保をつけて読む必要があります。

どんな本か

数の認知や文字を読む脳の研究で知られる神経科学者が、「学習」そのものを主題に、脳がどのように新しい知識や技能を得るのかを論じた本です。発達心理学、神経科学、機械学習(人工知能)の三つの視点を横断し、深層学習と比べながら、なぜ人の脳が少ない事例で効率よく学べるのかを探ります。英語版の副題は「なぜ脳は、今のところどんな機械よりも上手に学ぶのか」という意味です。

第一部では、乳児の実験から、数量の大まかな把握、物体の永続性、他者の意図の推測など、生後数か月でも豊かな知識の骨格(コア・ナレッジ)があることを示し、学習が白紙から始まるという見方を退けます。第二部が中心で、学習を支える「4本柱」として、学習に関係する情報を選ぶ「注意」、自ら仮説や予測を立てて取り組む「能動的関与」、予測と結果のズレを検出して内部のモデルを直す「誤差フィードバック」、努力を要する状態から自動的に使える状態へ移る「固定化」を、それぞれ章を分けて論じます。固定化では、睡眠中に神経回路が再び活動することが重要とされます。

第三部は教育への応用です。注意を導く教材の設計、受け身の講義より質問や演習を通じた学び、間違いを学習の機会として扱う評価、一夜漬けを避けて練習と休息を組み合わせる時間割などが提言されます。人の学びと人工知能の学びの違いの考察で締めくくられます。

中身の柱

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概要

本書は、数の認知や読字の脳内機構の研究で世界的に知られる神経科学者スタニスラス・ドゥアンヌが、「学習」という現象そのものを主題に据え、脳がどのようにして新しい知識や技能を獲得していくのかを、発達心理学・神経科学・機械学習(人工知能)という3つの視点を横断しながら論じた著作である。原著フランス語版は2018年、英語版は2020年に刊行された。本書の大きな特徴は、人間の脳の学習メカニズムを、近年急速に発展しているディープラーニング(深層学習)などの人工知能の学習アルゴリズムと比較しながら論じている点にあり、人工知能が大量のデータと計算資源を必要とするのに対し、人間の脳(特に乳幼児の脳)はごく少数の事例から効率的に汎化された知識を獲得できるという際立った対照を、著者は「なぜ脳は(今のところ)どんな機械よりも上手に学習するのか」という本書の英語版副題に込めている。ドゥアンヌは、学習を支える神経科学的な基盤を「学習の4本柱」として整理し、それぞれの柱がどのようなメカニズムによって成り立っているのかを、乳幼児の認知発達研究や脳画像研究の知見を交えながら解説し、その知見を学校教育の改善にどう応用できるかという、教育神経科学(neuroscience of education)の実践的な提言へとつなげている。

本の構成

本書は大きく三部構成となっている。第一部では、人間の脳が生後まもない乳幼児の段階から、いかに豊かな先天的な知識の骨格(コア・ナレッジ)を備えて生まれてくるかを、乳幼児の認知発達実験の知見をもとに示し、これが「白紙の状態(タブラ・ラサ)」から学習が始まるという素朴な見方を否定する根拠として提示される。第二部では、本書の中心的な理論的枠組みである「学習の4本柱」――注意(attention)、能動的関与(active engagement)、誤差フィードバック(error feedback)、そして固定化・自動化(consolidation)――を、それぞれ独立した章で詳しく論じる。第三部では、これらの神経科学的な知見を実際の教育現場にどう応用できるかを検討し、効果的な教授法・学習環境の設計、そして人間の学習と人工知能の学習との本質的な違いについての考察を通じて、これからの教育がどうあるべきかという展望を示して締めくくられる。

主要な内容(詳述)

生得的な知識の骨格(コア・ナレッジ)

ドゥアンヌは、乳幼児を対象にした精緻な実験心理学の研究(視線計測や馴化-脱馴化法を用いた実験など)を紹介しながら、生後数か月の赤ちゃんであっても、数量の大まかな把握、物体の永続性、他者の意図の推測、幾何学的な空間関係の理解といった、驚くほど豊かな認知的基盤をすでに備えていることを示す。これは、学習が完全に白紙の状態から始まるのではなく、進化によって脳にあらかじめ組み込まれた「コア・ナレッジ」という土台の上に、経験を通じた学習が積み重なっていくという構図を意味しており、この生得的な骨格の存在こそが、人間の子どもがごく少ない事例からでも効率的に新しい概念を学習できる理由の一つであると論じられる。

学習の4本柱その1―注意(アテンション)

学習の第一の柱として、ドゥアンヌは「注意」の役割を挙げる。注意とは、無数にある感覚情報の中から、学習にとって関連性の高い情報を選び出し、それを優先的に処理するための脳のメカニズムであり、注意が向けられていない情報はほとんど学習されないことが実証研究によって示される。教育的な含意として、教師や教材が学習者の注意をどこに、どのように向けさせるかという設計そのものが、学習効果を大きく左右する重要な要因であるとされる。

学習の4本柱その2―能動的関与(アクティブ・エンゲージメント)

第二の柱は「能動的関与」であり、学習者が受動的に情報を受け取るだけでなく、自ら仮説を立てたり、予測を行ったり、能動的に問題に取り組んだりすることが、学習効果を大きく高めることが示される。動物実験や人間の学習実験の比較から、同一の情報にさらされても、受動的に提示された場合と能動的に探索・関与した場合とでは、後者の方が学習の効果が有意に高いという知見が紹介され、これは近年の教育学における「アクティブラーニング」の重要性を神経科学的に裏づける知見として位置づけられる。

学習の4本柱その3―誤差フィードバック(エラー・フィードバック)

第三の柱は「誤差フィードバック」であり、自分の予測や行動の結果と、実際に起きた結果との間のズレ(予測誤差)を検出し、それに基づいて内部モデルを修正していく仕組みが、学習の中核的なメカニズムであるとされる。この考え方は、機械学習における「誤差逆伝播法」など、予測誤差を用いてパラメータを調整していく人工知能の学習アルゴリズムと本質的に類似した原理であり、ドゥアンヌは人間の脳の学習と人工知能の学習との間に、この予測誤差の最小化という共通の数理的な枠組みが存在することを強調する。教育的には、間違いを罰すべきものとしてではなく、むしろ学習を進めるために不可欠な情報源として積極的に活用し、間違いに対する迅速で具体的なフィードバックを与えることの重要性が導かれる。

学習の4本柱その4―固定化(コンソリデーション)

第四の柱は「固定化」であり、新しく獲得された知識や技能が、当初は意識的な努力を要する不安定な状態から、繰り返しの経験を通じて自動化され、無意識的かつ効率的に実行できる安定した状態へと移行していく過程を指す。この固定化の過程には、睡眠中に生じる神経回路の再活性化(リプレイ)が重要な役割を果たすことが、動物実験や人間の睡眠研究の知見とともに紹介され、十分な睡眠が学習の定着にとって不可欠な要素であることが強調される。

人間の学習と人工知能の学習との比較

本書のもう一つの特色は、深層学習(ディープラーニング)をはじめとする現代の人工知能の学習アルゴリズムと、人間の脳の学習メカニズムとを直接比較している点である。人工知能は、目的の性能に到達するために膨大な量の訓練データと計算資源を必要とするのに対して、人間の子どもはごく少数の事例(時にはたった一度の経験)から、驚くほど効率的に一般化された概念を獲得できる。ドゥアンヌは、この違いの一因として、人間の脳があらかじめ持つコア・ナレッジという構造的な事前知識(ベイズ統計における事前分布に相当するもの)が、少ないデータからでも効率的な推論を可能にしていると論じ、今後の人工知能研究が、人間の脳の学習メカニズムからさらに多くを学びうる領域として、こうした構造化された事前知識の組み込みや、能動的な探索、注意機構の精緻化などを挙げている。

具体例

生後数か月の乳児が、物理的にありえない事象(壁をすり抜ける物体など)を見せられたときに、それが物理的に自然な事象である場合よりも長く注視するという「期待違反法」を用いた実験が、乳児がすでに直感的な物理法則の知識を持っていることを示す具体例として紹介される。また、シナプスの過剰生成とその後の刈り込み(シナプティック・プルーニング)が、幼児期から思春期にかけて脳の各領域で時期をずらしながら進行していく発達過程についてのデータ、動物実験におけるドーパミンニューロンの発火パターンが、報酬の予測誤差(実際に得られた報酬と予測していた報酬との差)に応じて変化するという神経科学的知見、そして囲碁や画像認識などの人工知能システムが、人間の子どもと比べて桁違いに多い訓練データを必要とすることを示す比較なども、それぞれの論点を裏づける具体例として取り上げられている。

実践への応用

本書の知見は、学校教育のカリキュラム設計や教授法の改善に直接応用できる内容として提示されている。授業設計においては、学習者の注意を的確に導く教材の構成、講義を聞くだけの受動的な学習ではなく質問や演習を通じた能動的な関与を促す授業形式、間違いを叱責の対象ではなく学習機会として扱い迅速で具体的なフィードバックを返す評価の仕組み、そして詰め込み型の一夜漬けを避け、練習と休息・睡眠を適切に組み合わせて知識を段階的に定着させるカリキュラムの時間割設計などが、学習の4本柱の枠組みから導かれる具体的な提言として挙げられている。

位置づけ・評価

スタニスラス・ドゥアンヌは、コレージュ・ド・フランスの教授であり、数の認知の脳内機構に関する研究(『数覚とは何か?』)や読字の脳内メカニズムに関する研究(『脳はいかにして文字を読むか』)で国際的に高く評価されている神経科学者であり、フランスにおける教育科学評議会の議長も務めるなど、教育政策への神経科学の応用を推進する立場にある。本書は、そうした学習に関する神経科学的知見を、人工知能研究の急速な進展という同時代的な文脈に位置づけながら整理した意欲的な著作として評価されており、教育神経科学という比較的新しい学際分野における代表的な一般書の一つとされている。人間の脳の学習と機械学習とを並べて論じるという構成は、両分野の専門家双方にとって示唆に富む一方、教育政策への直接的な提言部分については、フランスの教育制度という特定の文脈を反映した記述も多く、他国の教育現場への応用可能性については留保をつけて読む必要があるという指摘もなされている。