3行でいうと

  • 人の腕や手の骨の並びは、魚のヒレの骨と共通の起源を持つ
  • 耳の小骨や内耳など、体の各部は祖先の構造が作り替えられたものである
  • 腰痛やしゃっくりは、進化が手直しを重ねた設計の妥協として説明できる

向いている人

進化論を、自分の体という身近な題材から学びたい人に向きます。専門知識がなくても読める一般向けの解説書です。

読む意味

進化の証拠を化石だけでなく、自分の体のつくりから実感できます。書評は、進化論を直感的に理解させる教育的な入り口としてよく参照されると述べています。

読むときの注意

しゃっくりが鰓呼吸の神経回路の名残だという話は、本書でも仮説として紹介されているものです。

どんな本か

著者のニール・シュービンは、シカゴ大学の古生物学者です。本書は、著者がカナダ北極圏のエルズミア島で見つけた化石魚類ティクターリクの発見談を軸に、人の体に刻まれた長い進化の歴史を読み解きます。ティクターリクは約3億7500万年前の地層から出た化石で、ヒレの中に上腕骨・橈骨・尺骨に当たる骨や手首に当たる関節を持ち、魚から陸上の脊椎動物への移行を示す代表的な化石とされます。著者は、進化の理論から移行が起きた年代と環境を予想し、その地層を選んで掘ったと語ります。

続いて、人の腕の骨が「一本、二本、小さな多数、指」という並びで、あらゆる陸上脊椎動物に共通すること(相同、つまり共通の祖先に由来する対応関係)を示します。哺乳類の中耳の小骨が、より古い動物の顎の関節の骨から転用されたこと、体の前後の区分を決めるHox遺伝子がハエから人まで保たれていること、人の内耳が魚の側線(水流や振動を感じる器官)と共通の起源を持つことなども、比較解剖学や発生学の知見を組み合わせて説明されます。

終盤では、腰痛、鼠径ヘルニア、しゃっくりなどを、進化が既存の構造を作り直さず手直しを重ねてきた結果として論じます。直立二足歩行が、もともと四足歩行向けの背骨に負担をかけているという議論や、しゃっくりを鰓呼吸に関わる神経回路の名残とする仮説が紹介されます。

中身の柱

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概要

本書は、シカゴ大学の古生物学者ニール・シュービンが、自らが北極圏カナダのエルズミア島で発見した化石魚類「ティクターリク・ロゼアエ」の発見物語を軸に、ヒトの身体の隅々に刻まれた35億年に及ぶ進化の歴史を読み解いていく一冊である。ティクターリクは、ヒレの中に手首や指の原型となる骨格を備えた、魚類から四肢動物(陸上脊椎動物)への移行を示す代表的な「移行化石」として知られる。著者は、この一つの化石発見のエピソードを入り口にしながら、なぜヒトの腕・手・指の骨格が魚のヒレの骨格と相同(共通の起源を持つ構造)であるといえるのか、なぜヒトのしゃっくりが魚やオタマジャクシの鰓呼吸の名残と関係するのか、なぜヒトの内耳の構造が魚の側線器官(水流や振動を感知する感覚器)に由来するのか、といった具体例を次々と示しながら、比較解剖学・発生学・古生物学・分子生物学という複数の異なる手法が、いかに同じ一つの進化の物語を裏付けているかを描いていく。本書のタイトルが端的に示す通り、ヒトの身体を注意深く観察すればするほど、そこには「魚」をはじめとする祖先生物の設計図の痕跡が随所に見出されるというのが、本書全体を貫くメッセージである。

本の構成

本書は、著者自身が北極圏の岩石層でティクターリクの化石を発見するまでの探査の物語から始まり、その化石が示す魚から四肢動物への進化的移行の意味を説明する章が続く。その後、本書はヒトの身体の各部位―手足の骨格、頭部と歯、身体の基本設計(体節構造)、嗅覚と視覚などの感覚器、内耳とバランス感覚―を一つずつ取り上げ、それぞれの構造が魚類や、さらに古い共通祖先までさかのぼる系統でどのように起源し、どのように改変されて現在のヒトの構造に至ったかを、比較解剖学・発生生物学(Hox遺伝子などの発生を制御する遺伝子群)・分子生物学の知見を組み合わせて説明していく構成をとる。終盤では、こうした身体各部の進化的な「間に合わせの設計」こそが、ヒトが抱えるさまざまな身体的な不調(腰痛、鼠径ヘルニア、しゃっくりなど)の根本的な原因になっているという議論が展開され、進化的な視点がヒトの身体の弱点を理解するうえでいかに有用かが示されて締めくくられる。

主要な内容(詳述)

ティクターリクの発見―魚から四肢動物への移行

著者は、約3億7500万年前(デボン紀後期)の地層が露出しているカナダ北極圏のエルズミア島で、長年の探査の末に発見した化石魚類ティクターリク・ロゼアエについて詳しく紹介する。この生物は、魚類の特徴(鱗、鰓)を持ちながらも、平らな頭部、可動性のある首、そして何より、胸ビレの中に上腕骨・橈骨・尺骨に相当する骨格と、手首に相当する関節構造を備えているという点で、魚類と四肢動物(陸上脊椎動物)の中間的な特徴を示す代表的な移行化石として位置づけられる。著者は、この化石がどの地層のどの年代を狙って発見されたか(既存の系統関係から、魚から四肢動物への移行が起きたはずの年代・環境の地層を予測して探査地を選定した経緯)を詳しく描き、化石発見が単なる偶然ではなく、進化理論に基づく予測とその検証というプロセスの成果であったことを強調する。

ヒトの手足の骨格と魚のヒレ

ヒトの腕は、肩から手首にかけて「一本の骨(上腕骨)、二本の骨(橈骨と尺骨)、多数の小さな骨(手根骨)、そして指の骨」という一定のパターンを持つが、著者はこの基本パターンが、両生類・爬虫類・鳥類・他の哺乳類など、あらゆる四肢動物に共通して見られることを示し、これが相同性(共通の祖先に由来する構造上の対応関係)の代表例であると説明する。さらに、ティクターリクのようなヒレの中にすでに上腕骨・橈骨・尺骨に相当する骨格の萌芽が存在していたことから、指を持つ四肢そのものが、陸上進出のために新たに一から発明されたのではなく、すでに魚のヒレの中に存在していた骨格パターンが徐々に改変されて成立したことが説明される。

頭部・歯・体節構造の起源

ヒトを含む脊椎動物の頭部の複雑な構造(顎、耳小骨、頭蓋骨の各部位)が、発生の初期段階で現れる「鰓弓(さいきゅう)」と呼ばれる一連の体節構造に由来することが説明される。特に、哺乳類の中耳にある耳小骨(ツチ骨・キヌタ骨)が、発生学的・化石記録的に、より原始的な脊椎動物や単弓類(哺乳類型爬虫類)の顎関節を構成していた骨が、進化の過程で顎から中耳へと機能を転用されたものであることが、化石の中間段階を示す具体例とともに説明される。

Hox遺伝子と身体の基本設計

発生の過程で身体の前後軸に沿った体節の配置(頭部・胸部・腹部などの区分)を制御するHox遺伝子群が、ショウジョウバエからヒトに至るまで驚くほど広範な動物群で保存されていることが説明され、身体の基本的な設計図(ボディプラン)が、進化の非常に早い段階で確立され、その後は既存の設計図に手を加える形で多様な動物の形態が生み出されてきたことが論じられる。

内耳とバランス感覚―魚の側線器官との関係

ヒトを含む脊椎動物の内耳にある平衡感覚器(三半規管など)が、魚類が水流や振動を感知するために持つ側線器官と、発生学的・進化的に共通の起源を持つことが説明される。この関係を通じて、ヒトが乗り物酔いをする仕組みや、内耳の構造的な制約に由来するめまいなどの症状が、魚類の感覚器官を土台として改変されてきたヒトの身体の進化的な「歴史的制約」として説明される。

進化的な「不完全設計」とヒトの身体の不調

本書終盤では、ヒトの身体に見られるいくつかの不調(腰痛、鼠径ヘルニア、しゃっくり、睡眠時無呼吸など)が、進化が既存の構造を作り直すのではなく、その都度手直しを重ねてきた結果として生じた「設計上の妥協」の産物であることが論じられる。たとえば、しゃっくりが魚やオタマジャクシの鰓呼吸に関わる神経回路の名残であるとする仮説や、直立二足歩行への移行が、もともと四足歩行用に設計されていた脊柱に無理な負荷をかけ続けていることが腰痛の一因であるとする議論が紹介される。

具体例

  • カナダ北極圏エルズミア島の約3億7500万年前の地層から発見された化石魚類ティクターリク・ロゼアエが、魚類と四肢動物の中間的な骨格構造(ヒレの中の上腕骨・橈骨・尺骨・手首に相当する構造)を持つ具体例として詳しく紹介される。
  • 哺乳類の中耳にある耳小骨が、より原始的な脊椎動物や単弓類の顎関節を構成していた骨に由来するという、化石の中間段階を伴う進化的転用の具体例。
  • Hox遺伝子群がショウジョウバエとヒトの双方で身体の前後軸パターン形成に関わっているという、発生を制御する遺伝子の進化的保存性を示す具体例。
  • しゃっくりが魚類やオタマジャクシの鰓呼吸に関わる神経回路の名残であるとする仮説が、ヒトの身体的な癖の進化的起源を説明する具体例として紹介される。
  • ヒトの内耳の平衡感覚器が魚類の側線器官と共通の起源を持つとする発生学的知見が、感覚器官の進化的な連続性を示す具体例として扱われる。

実践への応用

本書で示される比較解剖学・進化発生生物学の視点は、いくつかの実践的な領域と結びつく。第一に、医学の分野では、ヒトの身体の不調(腰痛、鼠径ヘルニア、睡眠時無呼吸など)を進化的な「設計上の制約」として理解する視点(いわゆる進化医学)が、症状の対症療法だけでなく、その根本的な発生要因を理解するための枠組みを提供する。第二に、発生生物学・遺伝学の研究において、モデル生物(ショウジョウバエ、ゼブラフィッシュ、マウスなど)を用いてHox遺伝子など発生を制御する遺伝子の機能を調べる比較アプローチが、ヒトの先天性形態異常の原因解明にも応用されている。第三に、古生物学の方法論として、進化系統関係に基づいて「特定の年代・特定の環境に、特定の中間的な特徴を持つ化石が存在するはずだ」という予測を立て、実際にその地層を選んで発掘するという、ティクターリク発見に至った研究手法自体が、仮説駆動型の科学的探査の具体的なモデルケースとして参照される。第四に、科学教育の分野では、身近な自分自身の身体を題材にして進化の証拠を説明する本書のアプローチが、進化論を直感的に理解させるための教育的な手法としてしばしば参照される。

位置づけ・評価

著者のニール・シュービンはシカゴ大学の解剖学・古生物学の教授であり、本書は2008年の原著刊行後、全米図書批評家協会賞のノンフィクション部門最終候補となるなど高い評価を受けた。ティクターリクの発見自体は2004年に学術誌『ネイチャー』で発表され、脊椎動物の陸上進出という進化史上の一大転換点を示す代表的な移行化石として、古生物学・進化生物学の教科書でも頻繁に取り上げられる発見となっている。本書はこの専門的な発見を、ヒト自身の身体という誰もが親しみを持てる題材と結びつけて一般読者に分かりやすく伝えた点が高く評価されており、進化論の一般向け解説書の中でも定番の一冊として位置づけられている。本書は後にPBS(米国公共放送)で同名のドキュメンタリー番組化もされ、2015年には優れた科学コミュニケーションに贈られるナショナル・アカデミーズ通信賞を受賞するなど、書籍の枠を超えて進化教育への貢献が評価されている。