3行でいうと
- 合成データは、すでに実用されています。NVIDIAのNemotron-4 340Bでは、調整(アライメント)に使ったデータの98%超が合成だと書かれています。小さなコード用モデルphi-1では、約10億トークンの合成の教科書と練習問題を、約60億トークンの選別したWebデータに足しています。
- 危険は「実データを合成データで置きかえ続ける」ことです。Nature誌の論文は、AIが作ったデータで世代を重ねて学習すると、まれな内容から消えていく「モデル崩壊」が起きると示しました。別の論文は、実データを残して合成データを足し続ければ、崩壊を避けられると示しています。
- 技術の問題の外にも、条件があります。AnthropicとOpenAIの利用規約は、競合するAIモデルの開発にサービスを使うことを制限しています。合成データを作る前に、作る元のサービスの規約を読む必要があります。助言ではありません。
この記事は、データを作って学習させて確かめた記録ではありません。この記事は、公式の文書と論文のページを読んでまとめたもので、実際に使って確かめた記録ではありません。情報は2026年10月16日に確認しました。規約や仕様は変わることがあります。
先に結論
- 合成データは「万能の水増し」ではなく、「作り方と混ぜ方で結果が変わる材料」です。読んだ資料では、成功例には、品質の選別、重複の除去、実データとの併用が共通して出てきます。これは僕らの整理です。
- 崩壊の議論では、「どの設定の話か」の確認が大切です。Natureの論文の実験は、小さなモデル(OPT-125m)を微調整する設定で、数世代のくり返しです。実際の大きな学習の全体が同じ結果になるとは、論文自身が言っていません。
- 実務では、合成データを「実データの代わり」にするのではなく、「実データに足すもの」と考えるのが、読んだ資料と矛盾しない考え方です。ここからは見立てです。
前提:合成データとは何か
学習データ(AIの学習に使う文章や画像の集まり)は、ふつう人が書いたもの、集めたものです。合成データは、それをAIに作らせたデータです。この記事では、文章を作るAIを学習させるために、文章を作るAIが出したデータを指します。
使われ方は、大きく2つに分かれます。
- 自分より強いモデルの出力を、小さなモデルの学習に使う。 蒸留(大きなモデルの振る舞いを、小さなモデルに写し取る手法)と近い使い方です。
- 自分自身の出力を、選別して学習し直す。 質問と答えのセットを自分で作らせ、使えるものだけを残します。
どちらでも、出力を学習に戻すので、品質の選別がないと、間違いや偏りまで増幅されます。
利点:実際に使われている例
公式のページと論文の要旨で確認できた例を並べます。
| 例 | 読み取れたこと |
|---|---|
| Self-Instruct(2022年12月にarXivへ投稿) | GPT-3に指示と入出力を作らせ、無効なものや重複を除いて、元のGPT-3を微調整する手法。Super-NaturalInstructionsという評価で、元のモデルより33%(絶対値)上がり、InstructGPT-001に近い水準になった、と書かれています。 |
| phi-1(2023年6月) | 13億パラメータのコード用モデル。「教科書の質」を基準に選んだWebデータ約60億トークンと、GPT-3.5に作らせた合成の教科書と練習問題の約10億トークンで学習。8基のA100で4日。HumanEvalで50.6%、MBPPで55.5%。 |
| Nemotron-4 340B(2024年6月) | NVIDIAの公開モデル群。調整に使ったデータの98%超が合成と書かれ、その合成データの生成の仕組みも公開されています。 |
読み取れる利点は、僕らの整理です。人手では集めにくい形のデータ(練習問題、指示と答え)を、大量に作れます。小さなモデルでも、質のそろったデータで大きな成果が出た例がある(phi-1)。合成データを作るモデルを、選別の役にも使える(Self-Instructの除去の工程)。ただし、どの例も「選別」と「評価での確認」の工程を持っており、作って混ぜるだけではありません。
リスク1:モデル崩壊
2024年7月にNature誌に載った論文(Shumailovら)は、AIが作ったデータで世代を重ねて学習するとどうなるかを調べました。「モデル崩壊」と呼び、大規模言語モデルのほか、変分オートエンコーダ(VAE)とガウス混合モデル(GMM)でも調べています。
論文は崩壊を2段階で説明しています。初期は、確率の低い出来事(分布の裾)についての情報が失われはじめる段階。後期は、ばらつきの小さな分布に収束する段階です。原因は、3つの誤差の積み重なりだと書かれています(統計的な近似誤差、関数の表現力の誤差、関数近似の誤差の3つです)。
言語モデルの実験は、OPT-125mをwikitext2で微調整し、世代ごとに合成データを作って学習し直す設定です。元のデータを残さない設定では、perplexity(文章の予測のしにくさ。小さいほど良い)が20〜28ポイント悪化した、と論文に書かれています(原文は、元のデータで微調整したモデルの平均perplexityが34、微調整前が115と書いたうえで、性能の低下を20〜28ポイントとしています)。第9世代の出力は、くり返しが多く、まとまりのない文章になりました。ところが、元のデータを10%だけ残した設定では、悪化は小さかった、とあります。
見立てです。ここで大切なのは、実データの扱いです。論文の議論は、人間とのやりとりの本物のデータの価値が上がる、としています。
Nature論文の限界の書き方と、「置きかえ」と「積み上げ」の論文
Natureの論文自身が、限界を書いています。実験は少ない世代数です。言語モデルの実験は、最初から学習するのではなく、微調整の設定での概念実証です。大きな言語モデルを最初から学習する実験は、学習に伴う二酸化炭素の排出が大きいことを理由に、行っていません。
別の論文(Gerstgrasserら、arXiv:2404.01413、2024年4月)は、問いの立て方を変えました。各世代で元の実データを合成データに置きかえると、崩壊に向かうが、元の実データに、各世代の合成データを積み上げれば、崩壊を避けられる、と述べています。テスト誤差は、世代数にかかわらず有界(上限がある)と証明した、とあります。言語モデル、拡散モデル、変分オートエンコーダ、線形モデルで調べたと書かれています。
この2つは矛盾するものではなく、「何を捨てて何を残すか」の違いを見たものです。僕らは、論文の要旨とNatureのページを読んだだけで、追試はしていません。
リスク2:偏りの増幅と、均質化
NISTのAI 600-1(生成AIのリスクをまとめた文書)は、12のリスクを挙げています。その中の2.6節で、モデル崩壊に触れています。合成データに頼りすぎる学習で、一部のデータが新しいモデルの出力から消えること、元のモデルの均質化を強めうること、が書かれています。
対策に近い項目も、いくつかあります。リスクの階層(段階づけ)に関する項目がある。生成AIの学習データ、とくに合成データの重複除去を確認する。学習データの品質と由来を評価する。いずれも、NISTの文書の中の行動の項目として書かれています。
リスク3:作る元のサービスの規約
技術とは別に、利用条件の問題があります。以下は、僕らが公式の規約ページを読んだ範囲のまとめで、法的な助言ではありません。個別の判断は専門家に相談してください。
- Anthropicの商用利用規約(2025年6月17日施行の版)のD.4は、サービスを使って競合する製品やサービスを作ること、競合するAIモデルを学習することを、Anthropicの許可なしに禁じる趣旨と読めました。
- OpenAIの利用規約(2026年1月1日施行)は、禁止事項の一覧に、OpenAIと競合するAIモデルの開発に出力を使うことを含めています。同じ規約は、入力に対する権利は利用者が保ち、出力は法の許す範囲で利用者が所有する、と書いています。
NVIDIAのNemotron-4 340Bは、「NVIDIA Open Model License Agreement」のもとで公開されている、と要旨にあります。作った合成データをどう使えるかは、元になるモデルの条件が違います。規約は変わるので、使う時点の版を読んでください。
実務での整理(見立て)
ここからは、読んだ資料を踏まえた、僕らの見立てです。動作確認はしていません。
- 実データを捨てない。 置きかえでなく、積み上げ(併用)にする。Natureの実験でも、10%の実データを残すと悪化は小さかった。
- 選別を工程にする。 Self-Instructの除去、phi-1の「教科書の質」の選別のように、作ったデータをそのまま使わない。
- 重複と偏りを調べる。 NISTが、重複除去の確認と、データの品質・由来の評価を挙げている。
- 評価は実データで。 合成データで学習したら、合成でない(人が作った)評価用のデータで確かめる。評価の作り方は、別の記事で扱っています。
- 規約を読む。 作る元のサービスの条件を、使う時点で確認する。
- 割合は、自分で決める。 どれくらい混ぜるのがよいか、という目安の数字は、僕らの読んだ資料には書かれていませんでした。Natureの実験の10%は、その設定での値で、一般的な推奨ではありません。
気をつけること
- この記事では、合成データの生成も学習も行っていません。
- WebFetchは要約を返します。数字や用語は要約の記載を言い換えたもので、要約に混じっていた推論は事実として使っていません。
- Self-Instruct、phi-1、Nemotron-4、Gerstgrasserらの論文は、arXivの要旨のページだけを読みました。本文は読んでいません。Nemotronのライセンスの詳しい条文も、読んでいません。
- Natureの論文は、ページの要約を通して読みました。VAEとGMMの実験の数字は、補足資料にあり、読んでいません。論文には2025年3月21日付の訂正が出ていますが、内容は読んだページに書かれていませんでした。
- Llama 3の技術報告も読みましたが、取得できた部分には合成データの節(4.2)がなく、この記事には使っていません。
- 規約は、2つとも施行日の版を読みました。現行版かどうかは、使う時点で確認してください。
- 「合成データは有用」という整理は、成功例を並べたもので、失敗例を網羅したものではありません。成功した例が公開されやすい、という偏りがありえます。これは見立てです。
出典
- AI models collapse when trained on recursively generated data(Nature、Springer Nature、2026年10月16日確認)
- arXiv:2404.01413(Gerstgrasserら、arXiv、2026年10月16日確認)
- arXiv:2212.10560(Self-Instruct、Wangら、arXiv、2026年10月16日確認)
- arXiv:2306.11644(phi-1、Gunasekarら、arXiv、2026年10月16日確認)
- arXiv:2406.11704(Nemotron-4 340B、NVIDIA、2026年10月16日確認)
- NIST AI 600-1(生成AIのリスク管理、NIST、2026年10月16日確認)
- Commercial Terms of Service(Anthropic、2026年10月16日確認)
- Terms of Use(OpenAI、2026年10月16日確認)
更新履歴
- 2026年10月25日 書き方を直しました。
- 前:運営者が使っていないと読める書き方 → いま:「この記事は、実際に使って確かめた記録ではありません」。公式の資料を読んでまとめた記事で、使い心地は書いていない、という意味に直した
