3行でいうと
- スタートアップが大企業型の「製品開発モデル」をなぞると失敗しやすい
- 事業計画のあらゆる要素を検証前の仮説として扱い、顧客との対話で確かめる
- 「オフィスの中に事実は存在しない」。外に出て事実を見つける
- 顧客発見・顧客実証・顧客開拓・組織構築の四段階で進める
向いている人
新規事業や新製品の立ち上げに関わる人、起業を考えている人。リーン・スタートアップの源流を知りたい人。
読む意味
事業計画を検証すべき仮説の集まりとして捉え、顧客に直接会って確かめる手順が学べます。市場の種類によって需要の作り方を変えるという視点も得られます。
読むときの注意
2005年の原著の方法論で、各段階のチェックリストなどを含む実務書の性格が強い本です。付録の中身は、書評では目次の範囲しか確認できていません。
どんな本か
連続起業家で、のちにスタンフォード大学やカリフォルニア大学バークレー校で起業家教育に携わったスティーブン・G・ブランクが、自身の経験をもとに書いた実務書です。原著は2005年に出ました。中心の主張は、スタートアップが大企業向けの「製品開発モデル」(コンセプトを作り、設計し、社内で試験し、市場に出す直線的な進め方)をそのままなぞる危険です。代わりに「顧客開発モデル」という方法論を体系的に示しました。後にエリック・リースが提唱する「リーン・スタートアップ」の土台の一つになったことで知られます。
出発点は、「オフィスの中に事実は存在しない。外に出て、事実を発見し、検証しなければならない」という考え方です。顧客のニーズや市場の存在は創業初期にはまだ仮説にすぎないのに、綿密な計画で製品を完成させると、誰も欲しがらない製品を予定どおり作ってしまう、と指摘します。
顧客開発は四つの段階で進みます。顧客発見で創業者の仮説を実際の顧客との対話で事実に置き換え、顧客実証で少数の初期顧客に購入してもらい、再現できる販売の型があるかを確かめます。顧客開拓で本格的に需要を作り、組織構築で探索型の小さなチームを実行型の組織に移します。日本語版の目次は序章と第1〜6章、付録2つで、各段階に一章ずつが当てられています。
中身の柱
- 序章・第1章:勝者と敗者、大失敗への道としての製品開発モデル
- 第2章:確信への道としての顧客開発モデル(全体像)
- 第3章 顧客発見:創業者の仮説を、顧客との対話で検証する
- 第4章 顧客実証:再現でき拡張できる販売の型があるかを確かめる
- 第5章 顧客開拓:参入する市場の種類に応じて需要を作る
- 第6章 組織構築と付録:実行型の組織への移行、顧客開発部隊、チェックリスト
あわせて読む本
- リーン・スタートアップ本書の顧客開発をアジャイル開発と組み合わせた後継理論
- Founders at Work創業者たちの実例で、創業初期の現実を知る
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概要
『アントレプレナーの教科書』(原題『The Four Steps to the Epiphany』)は、連続起業家であり後にスタンフォード大学・カリフォルニア大学バークレー校などで起業家教育に携わったスティーブン・G・ブランクが、自ら関わった8社のスタートアップでの経験(成功4社・失敗4社)を踏まえて執筆した実務書である。原著は当初ブランク自身が自費出版する形で世に出され、その後版を重ねて広く読まれるようになった。本書の中心的な主張は、スタートアップが従来の大企業型の「製品開発モデル」をそのまま踏襲することの危険性であり、これに代わる「顧客開発モデル(Customer Development Model)」という独自の方法論を体系的に提示した点に最大の意義がある。本書で示された考え方は、後にエリック・リースが提唱する「リーン・スタートアップ」の理論的土台の一つとなったことで知られ、スタートアップ経営論の系譜において重要な位置を占めている。
英語版Wikipediaによれば、ブランクは1953年にニューヨーク市チェルシーに生まれ、ベトナム戦争期に米空軍で4年間、タイの基地などで電子戦・電子情報システムの整備に携わったのち、シリコンバレーでキャリアを築いた。1978年から2002年の間に8つのテクノロジー系スタートアップに関わり、そのうち4社を創業または共同創業している。最後のスタートアップであるCRMベンダーのE.piphanyは1996年に共同創業し、1999年9月の新規株式公開の前日に退職した。顧客開発の手法は1990年代半ばから形づくり始めたとされ、2001年にカリフォルニア大学バークレー校に招かれたのち、2003年から2017年まで同校で顧客開発の授業を担当し、スタンフォード大学の工学部では2004年から教え始めた。
本の構成
本書は、まずスタートアップが陥りがちな失敗パターンの分析から始まり、大企業向けに最適化された伝統的な「製品開発モデル」(コンセプト創出→製品設計→社内テスト→市場投入という直線的なプロセス)の限界を論じる。続いて、これに代わる枠組みとして「顧客開発モデル」の全体像を提示し、その四つの段階である「顧客発見(Customer Discovery)」「顧客実証(Customer Validation)」「顧客開拓(Customer Creation)」「組織構築(Company Building)」のそれぞれに一章ずつを割いて、各段階で行うべき具体的な活動、判断基準、チェックリストを詳述する構成をとる。巻末には、顧客開発チームの編成方法や、各段階で使用するアンケート・面談のテンプレートなど、実務者がそのまま活用できる付録が収録されている。
主要な内容
ブランクの根本的な問題意識は、「オフィスの中に事実は存在しない。起業家は外に出て、事実を発見し、検証しなければならない(There are no facts inside your building, so get outside)」という一文に集約される。従来の製品開発モデルは、綿密な事業計画に基づいて製品を完成させてから市場に投入するという発想に立つが、これは顧客のニーズや市場の存在自体が仮説にすぎない創業初期のスタートアップには適さず、多くの企業が「誰も欲しがらない製品を、予定通りのスケジュールで完成させてしまう」という悲劇的な結果に陥ると指摘する。
これに対して顧客開発モデルは、事業計画のあらゆる要素(顧客が誰か、どんな課題を抱えているか、いくら払うか等)を検証されていない「仮説」として扱い、実際の顧客との対話を通じて検証・修正していく反復的なプロセスを提案する。第一段階の「顧客発見」では、創業者の仮説を、実際に課題を強く認識し解決策を積極的に探し予算も確保している「アーリーエバンジェリスト」と呼ばれる先進的な顧客との対話を通じて事実に置き換えていく。仮説が誤っていれば、方向転換(ピボット)するか、そのまま次段階に進むかを判断する。第二段階の「顧客実証」では、少数の初期顧客に実際に製品を購入してもらうことで、その企業の販売プロセス(意思決定者は誰か、予算はどこにあるか、営業サイクルはどの程度か)を検証し、まだ売上の最大化ではなく「再現可能で拡張可能な販売モデル」の存在を実証することに主眼を置く。第三段階の「顧客開拓」では、参入する市場が既存市場・新市場・再セグメント化市場のいずれであるかによって異なる需要創出・広報戦略を選択し、本格的な需要喚起活動を開始する。第四段階の「組織構築」では、これまで探索型の小さなチームであった組織を、機能別部門を備えた実行型の企業組織へと移行させ、意思決定を高速化する「OODAループ」のような枠組みを用いながら、拡大に耐えうる文化とプロセスを整備していく。
本書はまた、顧客開発モデルを製品開発モデルの代替として提示しつつも、両者は並行して進めるべきものであり、あくまで顧客からの学びを優先させることで、製品開発チームが誤った方向に資源を投じ続けるリスクを回避することを狙いとしている。
具体例
本書では、著者ブランク自身が関わった複数のスタートアップでの失敗・成功体験が随所で語られており、特に顧客の実像を確かめずに製品開発を進めてしまったことが致命傷となった案件の反省が具体的に語られる。市場開拓の対比事例として、英国の大手スーパーマーケットチェーン、テスコ(Tesco)がオンライン食料品配送事業を立ち上げるにあたり、新たな倉庫網をゼロから構築するのではなく既存の実店舗網を配送拠点として活用したことで、巨額の設備投資を行いながら経営破綻に至った競合ウェブバン(Webvan)に対して、はるかに少ない資本で市場をリードする地位を確立した事例が、顧客・市場の実態を踏まえた段階的な事業構築の好例として紹介されている。
実践への応用
本書の枠組みは、新規事業や新製品の立ち上げに関わる実務者に具体的な行動指針を与える。第一に、事業計画を「検証すべき仮説の集合」として捉え直し、製品を作り込む前に、想定する顧客に直接会って課題の深刻さや支払い意思を確認する「顧客発見」の工程を必ず組み込むことが推奨される。第二に、初期の顧客獲得においては大規模な売上を追うのではなく、少数の顧客に対して繰り返し購入してもらえる「再現可能な販売プロセス」を確立することに集中すべきである。第三に、参入市場の性質(既存市場か、新市場か、再セグメント化かにより)によってマーケティング・広報の戦略を使い分ける視点は、限られた予算の中で効果的な需要創出を行う上で有効である。第四に、組織が拡大局面に入った際には、探索段階の柔軟な体制から、責任と権限を明確化した実行体制へと意図的に移行させる必要があり、この移行のタイミングを見誤らないことが重要な実務上の教訓となる。
位置づけ・評価
本書で提示された「顧客開発モデル」は、その後エリック・リースが提唱した「リーン・スタートアップ」理論の直接的な源流となったことで知られ、著者ブランク自身も後にスタンフォード大学の「Lean LaunchPad」講座を創設するなど、シリコンバレー流の起業家教育の体系化に大きく貢献した。本書はその後版を重ね、共著者ボブ・ドーフとともに内容を大幅に拡張した実務書『The Startup Owner's Manual』も刊行されている。日本では翔泳社から、2009年5月に『アントレプレナーの教科書 新規事業を成功させる4つのステップ』(訳:堤孝志・渡邊哲)として刊行され、2016年1月に副題を『シリコンバレー式イノベーション・プロセス』に改めた版が刊行されている(国立国会図書館、版元ドットコムによる)。リーン・スタートアップ以前の起業方法論として、顧客開発という概念を初めて体系化した先駆的な一冊として位置づけられている。
顧客開発は、リーン・スタートアップを構成する3つの要素(ビジネスモデル設計、顧客開発、アジャイル・エンジニアリング)の一つとされ、その検証は「仮説を立て、実験を設計し、ビルの外に出て試す」という科学的手法に倣い、結果は「仮説の検証」「仮説の否定」「仮説の修正」のいずれかに整理される。ブランクは2004年ごろ、エリック・リースが共同創業したIMVUの投資家・アドバイザーを務めた時期に考えを洗練させ、リースが顧客開発をアジャイル開発と相性のよい手法と見抜いて取り入れたとされる。2011年1月にはスタンフォード大学でLean LaunchPad講座を開き、同年7月にNSF(米国国立科学財団)の依頼で科学者向けに改編した内容が、のちにI-Corpsとして採用された。英語版Wikipediaは、本書が2005年にWiley社から刊行され、2013年に第5版が出たとも記している。なお、著者を紹介する資料では、関わった8社のうち「4社を創業・共同創業」という書き方と、本書の紹介にある「成功4社・失敗4社」という書き方が併存する点には注意が必要である。