3行でいうと
- 眠り始めの最初の深い眠り「黄金の90分」の質が、睡眠全体を左右する
- 睡眠不足は借金のようにたまり、本人は気づきにくい(睡眠負債)
- 深部体温と皮膚温度の差を利用すると、寝つきと目覚めを整えやすい
- 覚醒と睡眠の切り替えは、オレキシンなどが働く脳内のスイッチによる
向いている人
睡眠時間を増やせない中で、眠りの質を上げたい社会人。専門知識なしで読めます。
読む意味
睡眠を時間の長さだけでなく、最初の90分の質と体温の使い方から考える視点が得られます。著者自身が基礎研究者である点が、本書の説得力の源になっているとされます。
読むときの注意
睡眠不足や仮眠、入浴の効果についての記述は、本書の主張として読んでください。実践より仕組みの理解を重くみたい人には、専門的な睡眠科学の本が向きます。
どんな本か
スタンフォード大学の睡眠生体リズム研究所の所長を務める著者が、睡眠の長さそのものより、眠り始めに最初に訪れる深いノンレム睡眠の質、すなわち「黄金の90分」を高めることが睡眠全体の質を決める、と説く本です。著者は、覚醒を保つ神経伝達物質オレキシンが足りないとナルコレプシー(日中に強い眠気に襲われる病気)が起こることを突き止めた研究者で、その基礎研究の知見を、忙しい社会人が実践しやすい睡眠術に直したものが本書です。
本書は、睡眠不足が一晩の寝坊や週末の寝だめでは解消できず、借金のように少しずつたまって集中力や判断力、免疫、感情の安定を知らないうちに損なう、と述べて「睡眠負債」を説明します。眠りは、深いノンレム睡眠と、脳が活発なレム睡眠が約90分周期で入れ替わるもので、最初の約90分が最も深く、成長ホルモンの分泌や自律神経の調整の面で重要だとされます。この背景には、脳内にたまる眠気の圧力と体内時計の2つが組み合わさって眠気が決まるという、睡眠科学の基本的な枠組みがあります。
実践面では、深部体温(体の内部の温度)と皮膚温度の差を利用した入眠法が示されます。就寝の90分ほど前にぬるめの湯に浸かって体温を一度上げ、下がるタイミングで寝る、といったものです。ほかに、起床後に光を浴びて体内時計をリセットする、日中は20分程度の短い仮眠をとるなどが紹介され、限られた睡眠時間の中で黄金の90分を最大限に生かす考え方が貫かれています。
中身の柱
- 睡眠負債:不足は借金のようにたまっていく
- レム睡眠とノンレム睡眠の約90分周期
- 黄金の90分:最初の深い眠りの質を優先する
- 深部体温と皮膚温度の差を使った入眠のスイッチ
- 起床後の光と短い仮眠で、日中の覚醒を保つ
- オレキシンの発見と、覚醒を保つ仕組み
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概要
スタンフォード大学の睡眠生体リズム研究所で所長を務める著者が、単純な睡眠時間の長さそのものよりも、眠り始めてから最初に訪れる深いノンレム睡眠の質(著者はこれを「黄金の90分」と呼ぶ)を高めることこそが、睡眠全体の質を左右する鍵であると説く一冊。著者は1980年代から早石修のプロジェクトに参加してナルコレプシー(過眠症)の病態解明に取り組み、1999年にはナルコレプシーの原因となる神経伝達物質であるオレキシン(ハイポクレチン)の欠乏を発見した睡眠研究界の第一人者であり、本書はその基礎研究の知見を、忙しい現代のビジネスパーソンでも実践しやすい具体的な睡眠術として翻訳し直した内容になっている。西野が学生時代から師事した早石修(1920-2015)は、プロスタグランジンD2という物質に睡眠誘発作用があることを発見した生化学者であり、酸素添加酵素の研究で国際的に知られた日本の基礎医学の重鎮であった。西野精治は1955年に大阪府河内長野市に生まれ、大阪医科大学医学部を1982年に卒業後、堺市の阪南病院で研修医として2年間勤務した。大阪医科大学大学院在学中の1987年にスタンフォード大学医学部精神科睡眠研究所へ留学し、以後長年にわたり同大学で研究を続け、2005年にスタンフォード大学睡眠生体リズム研究所の所長に、2007年には同大学医学部精神科教授にそれぞれ就任した。1999年にオレキシン(ハイポクレチン)欠乏を家族性のイヌのナルコレプシーモデルにおいて突き止めた発見は、同時期に独立してテキサス大学のグループも同物質にたどり着いており、ヒトのナルコレプシー病態生理の解明における中心的な成果として国際的に評価されている。
本書は2017年3月にサンマーク出版から刊行され、発売直後から各種書籍ランキングで上位を占めるベストセラーとなり、後に漫画版も刊行されて「黄金の90分」「睡眠負債」という言葉を日本社会に広く定着させた。海外でも反響を呼び、10か国語以上に翻訳されているほか、内容を平易な絵と図解で伝える漫画版も刊行され、活字の書籍を読みにくいと感じる層にも「黄金の90分」の考え方が浸透する一助となった。
本の構成
睡眠不足が「睡眠負債」として借金のように蓄積していくという考え方の説明から始まり、レム睡眠とノンレム睡眠が約90分周期で交代するメカニズムと「黄金の90分」の重要性、その裏付けとなる二過程モデルなどの睡眠科学の基礎知識、深部体温と皮膚温度の差を意図的に利用した入眠のコントロール法、覚醒の質を高める朝の習慣、そして日中のパフォーマンスを高めるための実践的な睡眠術(短時間仮眠の使い方や覚醒スイッチなど)へと展開する構成になっている。
主要な内容(詳述)
- 睡眠負債: 睡眠不足は一晩の寝坊や週末にまとめて長く眠るいわゆる「寝だめ」で解消できるものではなく、借金のように少しずつ蓄積していき、自覚のないまま集中力や判断力、免疫機能、感情の安定性といった心身のパフォーマンスを蝕んでいくとし、この蓄積した睡眠不足を「睡眠負債」と呼ぶ。「睡眠負債」という概念自体は、ウィリアム・デメントが1999年に著した『The Promise of Sleep』などを通じて欧米で広く知られるようになった考え方であり、西野はこの概念をスタンフォードの研究成果として日本に本格的に紹介した先駆者の一人にあたる。著者は睡眠負債が蓄積した状態は本人が自覚しにくく、慢性的な軽い寝不足のほうが一夜漬けの完全な徹夜よりも気づかれにくい分、日常生活への悪影響が大きいと警鐘を鳴らす。この考え方の背景には、スイスの睡眠研究者アレクサンダー・ボルベイが1982年に提唱した「二過程モデル」があり、脳内に蓄積する睡眠物質(アデノシンなど)によって高まる眠気の圧力(プロセスS)と、体内時計による覚醒・睡眠のリズム(プロセスC)という2つの独立した仕組みが組み合わさって実際の眠気や睡眠の質が決まるという理解が、睡眠科学における基本的な枠組みとして広く受け入れられている。
- レム睡眠とノンレム睡眠の周期: 睡眠中は脳が休息する深いノンレム睡眠と、体は休んでいても脳が活発に活動しているレム睡眠とが約90分の周期で交互に繰り返されるとし、この周期性そのものが睡眠の質を理解する基本単位になるとする。レム睡眠は1953年にシカゴ大学のナサニエル・クレイトマンとその大学院生ユージン・アセリンスキーによって急速眼球運動を伴う睡眠段階として発見され、その後クレイトマンの弟子であったウィリアム・デメントがレム睡眠と夢の関連を集中的に研究し、1970年に自らスタンフォード大学睡眠研究センターを創設して同分野研究の礎を築いた。西野が所長を務める現在の研究所は、このデメントが築いた研究の系譜に連なるものであり、本書の随所でスタンフォードの睡眠研究の伝統に言及される。
- 黄金の90分: 入眠後最初に訪れるノンレム睡眠が一晩の中で最も深く、この最初の約90分の眠りの質が、成長ホルモンの分泌や自律神経の調整、脳と身体の休息といった睡眠の恩恵の大部分を左右するとし、睡眠時間の長さを単に増やすことよりも、まずこの最初の90分の質をしっかり高めることを優先すべきだと説く。逆に最初の90分が乱れると、その後どれだけ長く眠っても睡眠全体の質は改善しにくいとされる。この最初のノンレム睡眠に相当する深い段階は徐波睡眠とも呼ばれ、脳波上に緩やかな大きい波(デルタ波)が現れることで特徴づけられ、この時間帯に成長ホルモンの分泌量が一晩のうちで最も多くなることが、組織の修復や疲労回復に「黄金の90分」が重要とされる生理学的な根拠になっている。
- 覚醒のスイッチ(深部体温と皮膚温度): 深部体温(体の内部の温度)と皮膚温度(手足など末梢の温度)の差を意図的にコントロールすることで、スムーズな入眠と、朝のすっきりとした心地よい目覚めを促せるとする。入眠時には手や足の毛細血管を広げて熱を外部に放散させることで深部体温が下がり、この温度の下降そのものが眠気を誘う自然なスイッチとして働く仕組みを説明する。赤ちゃんが眠くなると手足が温かくなるのも、この毛細血管の拡張によって熱放散が起きている現象であり、身近に観察できる例として本書でも触れられている。就寝前に入浴などで深部体温を一時的に上げてから下げる過程を人為的に作ることで、この自然な入眠メカニズムを強化できるとされる。
- 覚醒後のスイッチと日中のパフォーマンス: 起床後の光を浴びる習慣や、日中の適切なタイミングでの短い仮眠(20分程度、深く眠り込みすぎない長さ)が、体内時計を毎朝きちんとリセットし、日中の覚醒レベルを維持するのに役立つとする。覚醒に関わるホルモンとしては、副腎皮質から分泌されるコルチゾールが起床前後の時間帯に分泌のピークを迎えて心身を活動モードへ切り替える一方、脳内では起きている間に蓄積した眠気物質アデノシンが睡眠圧を高めていき、この蓄積したアデノシンが受容体に結合するのをカフェインが競合的に阻害することで一時的に眠気を感じにくくする仕組みが、日中の覚醒維持と深く関わっている。質の良い睡眠が日中の集中力や判断力、感情のコントロールに直結しているとし、限られた睡眠時間の中でも「黄金の90分」を最大限に活かすことで、日中のパフォーマンスを維持・向上できるとする。短時間仮眠の効果を示す研究としては、米航空宇宙局(NASA)が長距離飛行中のパイロットを対象に行った調査で、26分間の仮眠を取った群は取らなかった群に比べて作業成績が34%、覚醒度が54%それぞれ向上したという1995年の報告がしばしば引き合いに出される。
- オレキシンと覚醒維持の仕組み: 著者自身の研究成果であるオレキシンという神経伝達物質が、覚醒状態を安定して維持する働きを担っており、オレキシン神経系の機能不全がナルコレプシー(日中に耐えがたい眠気に襲われる過眠症)を引き起こすことを、自身の研究史を交えて解説する。ナルコレプシーは情動の高ぶりをきっかけに突然筋力が抜け落ちる「情動脱力発作(カタプレキシー)」を伴うことがある点でも特徴的な疾患であり、この症状の解明にもオレキシン研究が寄与してきた。この基礎研究の知見が、覚醒と睡眠の切り替えは脳内で明確な「スイッチ」のように起きているという本書全体を貫く中心的な考え方の科学的裏付けになっている。オレキシンの発見はその後の不眠症治療薬の開発にもつながり、オレキシンの働きを阻害することで自然な眠りを促す「オレキシン受容体拮抗薬」(スボレキサント、レンボレキサントなど)が日本でも臨床使用されるようになっており、基礎研究の成果が医薬品として実用化された代表例として紹介されることも多い。
具体例
就寝の90分ほど前に40度前後のぬるめの湯船に浸かって深部体温を一時的に上げ、その後体温が下がるタイミングに合わせて就寝することで寝つきが良くなるという具体的な入眠法(深部体温は皮膚温度と異なり直腸温などで計測される体の中心部の温度を指す)や、最初のノンレム睡眠の質を測定することで日中の眠気や集中力の変化を予測できるという研究知見、日中に20分程度の短い仮眠を取ることで午後のパフォーマンス低下を防げるという知見などが、具体例として紹介されている。また著者が長年取り組んできたナルコレプシー研究の歴史や、1999年にハイポクレチン(オレキシン)の欠乏がナルコレプシーの原因であることを突き止めた経緯についても、自身の現役研究者自身の貴重な一次体験として詳しく語られている。
実践への応用
平日と休日で起床時刻を大きく変えず就寝時刻と起床時刻を毎日一定に保ち体内時計を安定させること、就寝の1〜2時間前に入浴などで一時的に深部体温を上げてから自然に下げていくことで寝つきを良くすること、起床後は日光を浴びて体内時計をリセットすること、日中に眠気を感じたら夕方より前の時間帯に20分程度の短い仮眠を取り入れること、睡眠時間を増やすことだけにこだわらず、まず最初の90分の睡眠の質を高めることを優先することなどが、実践への応用として挙げられる。
位置づけ・評価
スタンフォード大学での最先端の睡眠研究の知見を、専門用語に偏りすぎず一般読者にも日本のビジネスパーソン向けに分かりやすく紹介した実用書として、日本国内で睡眠改善への関心をかつてないほど大きく高めた代表的な一冊として位置づけられている。著者自身がオレキシン発見という基礎研究上の実績を持つ研究者である点が、他の一般的な睡眠本と一線を画す本書の説得力の源泉になっている。同時期には米カリフォルニア大学バークレー校の神経科学者マシュー・ウォーカーによる『Why We Sleep』(邦題『睡眠こそ最強の解決策である』、2017年)も世界的ベストセラーとなっており、両者はともに最新の睡眠科学を一般向けに解説した書籍として並び称されることが多いが、本書はより実践的なハウツーに重心を置いている点が特徴とされる。