この先に書いてあること

  • 結婚式の本と、社長の自伝。やめた理由。
  • スーパーカブで、全国のお客様を回る話。
  • 人がいることと、お金の関係。

最近、AIを使って新しい仕事を作ることができないか。

そんなことばかり考えている。

AIによって多くの仕事が自動化され、大多数の人が今のような形で働かなくてもよくなったとき、人は何にお金を使うのだろう。

自由な時間が大量にできたとき、何をしたいと思うのだろう。

僕はそんなことを考えながら、今のAIに「何ができるのか」「何ができないのか」を、仕事とは直接関係のないことまで含めて、かなりの数を実際に作りながら試している。

何か明確な商品を作ろうとしているわけではない。

まずは、現在の技術でどこまでできるのかを知りたい。

昨日まで無理だったことが、今日にはできるようになっている。

今はそんな時代だからだ。

結婚式の本と、社長の自伝をやめた理由

以前、AIを使って結婚するカップルの物語を一冊の本にするサービスを考えたことがある。

結婚する二人から話を聞き、写真を預かり、二人だけの物語をAIで作り、本にして結婚式場のオプションとして販売する。

同じ仕組みを使って、中小企業の社長向けに「私の履歴書」のような自伝を作るサービスも考えた。

しかし、いろいろ検討した結果、どちらもやらないことにした。

結婚式向けの商品は、求められる責任に対して単価が低すぎる。

人生で一度の大切なイベントだから失敗は許されない。しかし、その責任に見合うだけの利益を残すのは難しい。

商売として考えたとき、僕にはあまり魅力的には見えなかった。

社長向けの自伝をやめた理由は、少し違う。

ここで僕は、AIと人間の関係について一つ気がついた。

経営者が高額なお金を払って自伝を作るとしたら、おそらく完成した「本」だけにお金を払っているのではない。

人が会いに来る。

自分の人生について話を聞いてくれる。

何度も話をしながら、忘れていた出来事まで掘り起こしてくれる。

そして「あなたの人生はこういう人生だったのではないでしょうか」と形にしてくれる。

もちろん、その人の裏側ではAIが猛烈に動いているだろう。

文章を書くのも、構成を考えるのも、写真を処理するのも、デザインするのもAIでいい。

しかし、顧客の目の前にいるのは「人間」である。

そこに高額なお金がぶら下がるのではないかと思った。

くだらない話の中に、仕事がある

そこで、ふと自分の仕事について考えた。

僕の仕事って、いったい何なんだろう。

なぜこんな高額なお金が動く仕事をいただけるのだろう。

僕は今でも、お客様に実際に会うことをかなり重要視している。

オンラインで顔を見ながら話すことなんて、今はいくらでもできる。

それでも僕は会いに行く。

部長や経営者と仕事の話をする。

そして仕事とはまったく関係のない、くだらない話にも付き合う。

実は、そのくだらない話が結構重要だったりする。

「○○君が辞めちゃってね」

最近、本当によく聞く話だ。

そこで僕は考える。

○○君が辞めただけで、なぜ仕事が回らなくなるんだろう。

「○○さんしか分からない」仕事

一昔前から、日本の会社には個人のスキルに大きく依存して仕事を回しているところがたくさんあった。

いや、「あった」ではない。

今でも大量にある。

「この仕事は○○さんしか分からない」「この判断は△△さんじゃないとできない」「この書類は□□さんが見れば分かる」

これは非常に危ない。

その人が辞めた瞬間、会社からその能力が消えてしまうからだ。

だから僕はよく言う。

「その仕事、○○さんのスキルに頼っていますよね。それは危ないですよ。ここを改善しましょう」

僕は営業でよくこう聞く。

「気難しいおっさんがいつまでも牛耳っているシステムと、爪の長い金髪のかわいらしいお姉さんがオペレーターとして入っても回るシステム。どっちが理想ですか?」

すると、「うちにも金髪の子に来てほしい」と切実に言われることが多い(笑)。

極端な話、そういう人が明日入社してきても、一週間後にはある程度仕事ができる。

僕は、そんな仕組みにしなければいけないと思っている。

何十年も会社にいなければ覚えられない仕事を作ってはいけない。

ところが、これがものすごく難しい。

職人肌で何十年も仕事をしてきた人の頭の中には、膨大なノウハウが入っている。

それを聞き出そうとすると、「自分の技術を全部教えたら、自分の仕事がなくなるんじゃないか」と警戒する人もいる。

これは当然の感情だと思う。

だから僕は、「あなたを必要なくするためにやっているんじゃない。この仕事を誰にでもできるようにして、あなたにはもう一段上の仕事を手伝ってほしい」と説明する。

「これが仕事だから」

逆のタイプもいる。

ものすごく複雑な作業を毎日、本当に丁寧に一つずつ処理している。

「なんでこんな作業をしているんですか?」と聞く。

すると、「これが仕事だから」と言われる。

「どうしてこの手順なんですか?」「昔からこうだから」

本人は面倒だとも思っていない。

それが「仕事」だと思っているからだ。

改善できることを知らなければ、おそらくその人は一生その作業を続ける。

僕はそこを見つける。

本当に必要な仕事なのか。その途中の作業は必要なのか。人間がやる必要があるのか。システムでできないのか。

そして今なら、「AIにできないのか」まで考える。

そう考えていくと、僕の仕事が少し見えてきた。

僕はAIを売っているわけではない。

単なるシステム屋でもない。

「人に依存している会社を、仕組みで動く会社に変える」

それが僕の仕事なのかもしれない。

経営者と話す。現場の人と話す。職人から頭の中にあるものを聞き出す。本人すら気がついていない無駄を見つける。

そして、人間がやるべき仕事と、システムに任せる仕事と、AIに任せる仕事を分ける。

だから僕は、最新のAIで何ができるのかを知っていなければならない。

「それはAIではできません」と言われたとき、本当にできないのか。

逆に、「AIなら全部できます」と言われたとき、本当に任せて大丈夫なのか。

それを判断するために、仕事とは直接関係のないAIまで触り続けているのだと思う。

スーパーカブで全国を回る

ここで少し話が変わる。

僕には日本全国にお客様がいる。

以前は年間50本以上飛行機に乗っていた。

熊本なら成田から飛行機で熊本へ行き、レンタカーを借りてお客様を訪問し、また空港へ戻って帰る。

徳島も、大阪も、鹿児島も、大分も同じ。

台湾にもタイにも行く。

全部単発だった。

全国のお客様を一通り回るだけで、2〜3か月かかっていた。

移動時間は仕事にならない。

しかも、一度家に戻れば次の出張の準備もしなければならない。

これが結構な悩みだった。

5年ほど前、ふと思ってバイクで回ってみた。

大阪、徳島、香川、大分、鹿児島、熊本、福岡、広島。

しかも乗っていたのはスーパーカブ110。

高速道路にも乗れないバイクだ。

お客様は驚いた。

「それで来たの?」

そりゃそうだと思う(笑)

ところが、これがものすごく良かった。

それ以来、毎年9月か10月になると「出張ツーリング」として、ツーリングをしながら全国のお客様を訪問するのが恒例になった。

今まで2〜3か月かけていた顧客訪問が、約2週間で終わるようになった。

しかも僕はバイクが大好きなので、移動時間が「失われる時間」ではなくなった。

毎年違うバイクで行く。

すると今では、「今年はどんなバイクで来たの?」から打ち合わせが始まる。

駐車場でバイクを見ながら話をすることもある。

今まであまり話すことのなかった若い従業員の人たちまで声をかけてくれるようになった。

そこからまた、いろいろな話が聞ける。

もちろん出張なので遊んでいるだけではない。

夜、宿に戻ってから仕事をすることもある。

それでも、仕事とツーリングを組み合わせるという僕のやり方は、かなりうまく回っていると思う。

僕は年間4万キロくらいバイクで走る。

そして毎年3台くらい新車を買って入れ替えている。

僕なりの基準があって、15,000キロを超えてきたバイクは売って、次のバイクに乗り換える。

理由は簡単だ。

メンテナンスに時間を使うくらいなら、短い休みに思い切り走りたいからだ。

若い頃は何でも自分でやっていた。

エンジンをバラすようなこともやった。

今はせいぜいオイル交換くらい。

でも、本当はまたやりたい。

ただ、「今じゃない」と思っている。

今の僕にとって一番希少なのは、時間だからだ。

AIと競争する側にはいたくない

だから、「AIによって労働時間が激減して、自由な時間が大量にできたら、人間はいったい何をするんだろう?」という話を聞いても、僕自身はまったく困らない。

バイクでツーリングに行きたい。

自分でバイクを整備したい。

エンジンもバラしたい。

まだ行ったことのない場所にも行きたい。

他にもやってみたいことはいくらでもある。

時間が大量にできたからといって、暇を持て余すことは、おそらくない。

ただし、「AIによって仕事を失って、結果として時間ができる側にいたいか」と聞かれれば、それは違う。

僕はAIと競争する仕事をしたくない。

AIが進歩するたびに価値が下がる仕事もしたくない。

できることなら、AIが進歩すればするほど、自分の仕事が楽になり、できることが増え、利益が残る。

そんな側にいたい。

だから今、AIに何ができるのかを必死になって試しているのだと思う。

最後に残った属人化

そして、ここまで考えて一つ困ったことがある。

僕はお客様にずっと、「○○さん一人に依存している会社は危ないですよ」と言ってきた。

しかし、自分の会社を見れば同じことが起きている。

僕の会社は5人で動いている。

でも、新しい仕事を取ってこられるのは僕一人しかいない。

受注という部分では、ほぼ100%僕に依存している。

僕がいなくなれば、おそらく新規の仕事はほとんどなくなる。

それは昔から分かっていた。

だから会社を始めた頃から、「お金を貯めて、できるだけ早くリタイアしたい」とずっと思っていた。

でも今は少し考えが変わった。

死ぬまで仕事をしてもいいと思っている。

社員のためだけではない。

自分の家族にも、僕が作ってきたものの中から何かを残せたらいいと思うようになった。

ただし、死ぬまで今と同じように働き続けたいわけではない。

AIに任せられるものはAIへ。システムにできるものはシステムへ。人に任せられるものは人へ。

そして僕自身は、人に会う。話を聞く。くだらない話をする。そこから違和感を見つける。

「なんでそんなことをやっているんですか?」と聞く。もっと良い方法を考える。新しい仕事を考える。

できれば、その合間にバイクで走る。

そんな仕事なら、ずっと続けてもいいと思っている。

考えてみれば、僕はこれまでずっと、「人の頭の中にあるものを会社の資産に変えましょう」という仕事をしてきた。

職人の頭の中にしかない技術。ベテランしか知らない判断基準。○○さんにしかできない仕事。

それを聞き出し、整理し、仕組みにして会社に残してきた。

だとしたら、最後にやらなければならないのは、自分自身なのかもしれない。

なぜ僕はこの会社のこの話を聞いて、仕事になると思ったのか。

なぜこの作業を見て、無駄だと感じたのか。

なぜこれはAIに任せられると思ったのか。

なぜこの仕事は断ったのか。

なぜこの会社には、この提案をしたのか。

僕自身の頭の中にも、おそらく自分では説明できないものが大量に入っている。

それを少しずつ外へ出して、会社に残していく。

もしかすると、「会社の属人化をなくす」という仕事をしてきた僕にとって、最後に残った最大の属人化は、僕自身なのかもしれない。

もっとも、僕はAIの発達によって、人類の寿命はこれからとことん延びると勝手に信じている。

そうなると、「死ぬまで仕事をする」と言っても、いったいいつまで働くことになるのかは分からない(笑)

まあ、その頃には仕事をしながら、自分でバイクのエンジンをバラすくらいの時間はできているだろう。